「チミのデキのいいオツムなら一生賭けてもシェリィドラッグは理解出来ん」
毒親(母)のエピソードです。
(余談ですがこういったエピソードを書こうとすると一段落毎に弱っていって寝てます)
(神経衰弱になるんでしょうね、記事にするだけでも)
(というわけで何度も書こうとしては弱って消した記事になります)
家から逃げて(捕まったけれど)就活をするようになり、面接を受け始めてから始まった毒親の不思議な話です。
わたしと母には幼い頃からの習慣があります。それは今日起こったことを喋るんです。ふつうですね。わたしは結構面白おかしく話を組み立てるのが得意ですし、見聞きしたことを殆ど忘れないので起こったことを筋道立てながらも愉快に喋れるんですね。ありきたりですね。母はその話を聞いてるんですね、相槌とかは特に無いんですけれど。
面接を受けるようになってからもその習慣は続いてました。まあ最初の頃は実家に戻ることも多かったので喋ることも多かったです。それに仕事も続きませんでしたからね、愚痴混じりに喋っていたんです、面接のこととか仕事の事とか。
そしたら会話の端々に次第におかしな点が現れてきたんですよ。
母が面接に行って働いてるんですよね。
要はわたしの身に起きた体験をあまりにも詳しくリアルに話しすぎたために、母は自分にその体験が起きたものだと錯覚をしているんです。女性で良く他人の体験を自分のものにしてしまう方が居ますが、そういったものではなく、あくまで母は、わたしの体験はわたしに起きた体験だけれども自分の体験でもあるというスタンスなんです。
毒親にありがちな、娘のものは自分のもの、自分のものは自分のもののジャイアニズムです。
娘に起こったことは自分の半身に起こったことと同然、といったものなんでしょう。
娘は自分の体の一部だという考えが強いんでしょうね。
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