「チミのデキのいいオツムなら一生賭けてもシェリィドラッグは理解出来ん」
去年はさ、ほんと年内には死のうと思ってて
12月を迎えるのが怖くて、待ちわびて、でも死ななかった
今年は端からそんなこともないので平穏無事に3ヶ月過ごしているんだけれど
出来ることなら早めに死にたいよ
何かニュースが起きるたびに
「そんなに死にたきゃ一人で死ね」という声が聞こえることがあって
じゃあ一人で死ねる施設を作ってくれよ、とそのたんびに思うんだ
同調圧力で死ぬ人間より、生まれてからずっと死にたいと思ってる人間が報われる方がいいと思うんだよ
わたしを死から縛るものは宗教
その宗教を刷り込んだのは虐待と洗脳
だから何が原因かなんて分かりきっている話で
だからわたしは死を選べない
ゆるやかな事故死と大げさな地球滅亡を常に願ってる
死は怖いよ
死にたいわけじゃなくて、生きていたくないんだ
生きていくのが辛いし苦しいしいいことなんて今までもなかったんだからきっとこれからもあるわけがない、禍福なんて生存バイアス、わたしの前で唱えてみろ
言ってみろ、ほざいてみろ、わたしの前で口答えをしてみろ
なにひとつ悦びのないわたしの人生を前にして、その言葉を口に含め
おまえの人生に歓びがあるのはそれがおまえの人生だからだ
わたしにはないんだ
ないんだよ
作品の中には舞台装置のキャラクターというものが存在する場合がある。
わたしはそれがあまり好きではない。
好意的に捉えるならば作者は作品を作りたいのであってキャラクターを育てたいわけではないんだろうなと解釈はするのだけれど。
舞台装置のキャラクターは都合のいい時に都合のいいことを喋り物語を進行させる。同時に記号の要素も持つことが多い。彼らは実にわかりやすい。実にそれっぽい。しかしそれではない。それらしいが、それではない。持ちうるセリフ以外は喋らないし行動もしない。ただ物語を進めるための謂わばNPC。そこからつまみあげてしまえば何の価値もない。他の何を喋ることもない。彼らはその世界に生きているわけではないので、例えばその世界の別の場所に移動させても価値がなくなる。
ここで笑ってくださいここ泣き所ですここが一番感動シーンですよ! と与えられる作品は、別の味方をすればそのシーン以外は無意味だ。わたしは何でもないやり取りのシーンや漫画や小説の何もない行間に空想や思いを馳せる。非常に相性が悪いのだ。
考察が好きとかそういった類ではなく、まあ頭空っぽにしているときはまるで据え膳上げ前のように提供されるそれらのほうが楽と言ったこともあるが、それにしても作品の魅力というのは作者が思っているよりも案外べつにあるものだ。
更に言えば記号や舞台装置のキャラは自我を持っていないので魅力的どころか非常に不気味に見える。彼らには行動理念がない。
「なぜこのキャラはここでこういった行動を取ったのか?」の答えは
「そういう風に台本に書いてあるからです」でしかない。
クソ国語もびっくりの回答だ。
キャラクターは人間ではないので考えないし悩まないし葛藤しないし逡巡しないし常に合理的で論理的な行動を取る。実につまらない。中身がない、キャラとして存在していない、正に物語を回すためだけの存在。都合がいい。なので舞台装置を積極的に登場させている作品は非常に多いし、それが記号を伴っている場合が殆どだし、もっと言ってしまえば昨今の作品なんてこれが称賛されるまである。読み手の思考放棄の賜物なのかも知れない。
まあ読み手の話になると最近よく見るのがリアリティの話。
フィクションにどれだけリアリティを求めるかっていう。
これは色々ありそうだけど究極な話フィクションの根底はリアリティなので違和感を抱いた時点でだめかなと個人的には思う。
三年くらい前から本格的に冬のパジャマを探し始めた。
パジャマと言うかルームウェアと言うか、要するにずっと着てるやつ。コロナなのも相まって出不精からガチヒキにふたたび退化したわたくしは、ズタボロの雑巾以下のもはや布そのものとしか呼べないパジャマに怒りすら抱いていた。まあ中学生くらいから着てるやつだし、袖も短いし布もつんつるてん、冬めっちゃ寒い。
譲れない点は以下の通り
・中国産ではないこと
・素材は綿
・袖丈は長いやつ
・裏起毛はあればいいけど有り過ぎはNG
基本的にパジャマは上下セットで2000円くらいなんで予算はそんくらい。但しズボンは大量にあるんでトップスだけでいい、ってなるとセットで買えないのでこれが非常に難しかった。昔ズボン探してる時これはこれで高かったんだけど今はズボンが500円で買える代わりにトップスだけで2000円とかする、配分どうなってんの?
結局色んなところ這いずりまわって、これ! といって買ったのはguのスウェットシャツ。あPRじゃないです。定価990円、下がってほしかったけど下がらなかったので定価で購入。これメンズなんでメンズはMのわたしは袖丈求めてLに。XLは幅が広がるだけだからね。
ここがいいぞスウェットシャツ!
・中国産じゃない
・綿60%
・痒くならない程度の裏起毛、あったかい
・袖裾の丈は申し分ない、長めの袖もしぼんでるからたくしあげやすい
・襟ぐりの強さがめっちゃよい
店頭で触った個人的な感想ではグレーが他と比べて肩周りの縫製がやわらかい感じがしたのでグレーを購入後次の日ふたたびグレーを購入。かなりお気に入り。毎日着てるので二枚あると回転させられて良き良き。
これで暫く頭を悩ませていたパジャマ問題から解放。何十年連れ添った紙みたいなパジャマは切って油吸い布になりました。これにて服屋に行く意味がなくなってしまって安堵と言うか物足りなくなっちゃったよね。まあguだからメジャー商品にはならないだろうしなっても次の年売ってるか怪しいからせめて大事に使いますわ。
これはあくまでわたしの考えだから誰かに押し付けるつもりもないし理解してもらう気もないよ。ちなみに反ワクチンみたいな考えでもないよ。そんで最後まで読んでくれれば分かるけれど、いつもの如く最終的な希望的観測はアレだよ、アレ。
そもそも、そもそも論。
一回目二回目摂取した人が六ヶ月で抗体量(抗体価?)がほぼ消失するのであれば、三回目摂取と一回目摂取は抗体的に変化はないのではないだろうか。常日頃からコロナに晒されている生活ならともかく、父母のように沖縄や北海道へ遊びにいきまくるファッキン共に比べて家で引きこもり鬱加速させている状態ならば、その差異なんて副作用を体験するかしないかの差じゃないか。
いつの頃からかワクチンが感染予防に効くと言い出したがそもそもワクチンは重症化を防ぐものであって感染云々は関係なかろう。そんでもって引きこもりなんで感染経路は父母(もしくは病院オンリー)ビバ! ガチヒキ!
最近ワクチンを打ってないと重症化率が12倍とかなんかそんな感じのデータを見た。ワクチン初期には精神疾患持ちの方が重症化しやすいとか。へーさいでっか、じゃあ感染させてくださいよ、重症化させてくださいよ、そのまんまぶっ殺してくんねえかな、てなわけでノーガード戦法なんだけどわたし未だにコロナにならない。勿論保険にも入れないからコロナ保険も入ってない。パソコンもそうだけどノーガード戦法って割と最強よね。
んー、んー……また失認してる気がする……
解離? 失認? 認知症?
なんでもいいよ、好きな言葉でいいよ。
どうせその言葉はわたしを救わない。
自分の体が自分のじゃないみたいな気がするしそもそも自分の体というものが思い出せないのであったのかどうかすらわからない。わたしの足はわたしの胸はわたしの肉はこんな感じだったのかそうじゃないのかさえ曖昧だ。ああ宇宙5分前誕生論みたいなのこんな感じじゃなかったっけ、まあ違ってるだろうしべつにいいや、調べる気も起きない。
前相貌失認に触れたのが四年前だった。
わたしのブログはほんとうにわたしの記憶媒体として優秀だね。
まあずっと認知症みたいな症状は抱えてるから、深刻になったというか前結構やばめの空間認知障害をきたしたのがその辺だった気がするんだけれど。最近はかなりやばい。やばいというとふわふわした言い方なのでもっとちゃんというと、やばい。やばいったらやばいの、たぶんね、ツイッターを3日か4日つぶやかなかったら死んでる。みなさん事件です。仮にガス中毒で死んだ場合のみ自殺じゃないので捜査してください。それ以外は自殺です、そのくらいは、やばい。
とりあえずセレネース齧ってるけどこれ幻覚マシマシになるから顔面スレスレをイニシャルGがこんにちはしたりして心臓ヒュッてなるよね。あ幻覚は幻覚だと比較的分かるんやけどね、なんでって、解離してるからだね、そうだね。
この時期毎年
・障害者手帳の更新
・自立支援の更新
・確定申告
をやって燃え尽きている実感がありますね。
次いで2月は特にやることないんですよ。
やろうと思った時にやらないと、ズルズル先延ばしにしても気持ち悪いだけですから。
ところで障害者手帳がカード化するっぽい話とか書いたっけなあとよく覚えてないですし実際手元に着てから記事にしようと思ってるのでそれは先送りでいいですね。
あと自立支援の更新は今年から押印不要とのこと。印鑑握りしめて行ったのに撃沈。でも様式には押印マークついてたのでなんでや? と聞いたら「古い様式なんすよ、間に合わなくて」ですってよ。さっさとマイナンバーで更新させて欲しい所存でござい。どうせ気にしない時に印鑑求めてくるんでお役所セットには印鑑忍ばせておきますけど。
是々非々(ぜぜひひ)を一瞬読めなくて(これこれひひ)で検索したんだけど、これこれひひってなんかヒヒの妖怪みたいで可愛くないですかね。
お正月料理でどうやらクリーンヒットを飛ばしたようで、中ったわたしはマーライオン、リバースが止まらない。胃液が出るが中身は腹の底、便通には期待できない。そんなこんなでぐんにょりとしていたら今度は生理がやってきてどっこいしょ、腹に激痛、外は雪。なんだなんだ厄年か? お祓いしたほうがいいのか? なになに、わたし寺の娘ぞ? 寺の娘でキリスト教で無宗教だけど罰当たりなことなんて何もしてないわよ!
とまあ、現在進行形で眠れん新年を嫌々過ごしてます。
で眠れんので超絶悶々としてます、えろい意味じゃないです。
元々年末から爆弾うつがみなぎってきてることもあり、ずっと自分の記憶をなぞっているんですよ。記憶はいいように改ざんしがちです。悪いことは自分が被害者のように改ざんするでしょう。まあそれもこれも無意識の自己防衛なんでしょうけれど。
わたしはこれほどまでにブログを書いていても肝心なことはどこにも書いていません。それはわたしの中でまだ消化できていなかったり文章や言葉にするのが憚られるからで。きっと曖昧に喋れば他人から同情は少し得られるでしょうが、同情や慰めは尊敬からとても遠いものです。かわいそうは絶対すごいねになりません。わたしはええかっこしいなので、格好良く見られたいです。カッコつけたいです、カッコ悪いんですけど。
(でも現実的にこれからわたしが尊敬されたり大事にされることはもうないよ)(ざんこくだね)(それでも同情を誘うのはなんていうかビジネスみたいで嫌だね)(毒親洗脳カルトいじめなんてビジネスにありがちでぴったりじゃない?)
(なんで人の不幸をポルノにする世の中になったんだろうな)
(本来人の不幸は画面の向こう側じゃなくてお隣近所にあるものだったんだけど、現代では隣人文化が気薄になりすぎて画面越しになったかあるいは、本人たちが最早画面の中にいてそこから外を覗いている状態になっているんだろうな)
(なるほど、見てるつもりが見られてるのか)
(ではポルノしてやっているのか?)
(そうとも言えるんじゃないかなあ。そもそもポルノ染みた不幸話をしたがるやつというのは決まって聞いてほしいやつで、そしてそれらは聞けるレベルだ。本当に苦しんで昇華しきれない不幸なんか話してるやつも聞いてるやつも不幸になるよ、わたしみたいなやつだ)
(いつかがくるといいわね)(はやくしにてえ)