「チミのデキのいいオツムなら一生賭けてもシェリィドラッグは理解出来ん」
疲労困憊で週末は熱が出ます。
寝不足とか色々あると思いますが休みの日は寝込みます。
頭が痛いです。体も痛いです。筋肉痛は事務のくせにすごいです。
熱に浮かされうなされます。
土日は療養です。かといって全回復までは至らずまたお仕事です。
週40時間はわたしには多すぎるのかも知れません。35時間がベストです。
どうにか減らしてもらえませんでしょうかね。40時間だろうが35時間だろうが仕事量は変わりません。これは40時間がひましているという意味ではなく、能率が変わらないので結果として短いほうがいいという考えです。まあ会社的には同給料なら長く居てほしいでしょうね。わたしは同給料同仕事量なら早く帰りたいです。コスパ、考えようぜ。だから日本の効率ガンガンさがってるんだよと徒然。
まあ業務委託なんだから本来時間縛られちゃアウトなんだけどね。まあ思い切り偽装請負なんですけどね。確認したけど、やはり偽装請負でっせ。かといってどこかに報告フォームがあるわけでもどこかに問い合わせ窓口があるわけでもなく、ただ、ああ偽装やなあと働き手は思うだけなのですよ、ちょう泣き寝入り。
事務だから時間を縛るのは致し方ないとしてもその他諸々がアウト要素多いのよ。
だからなにというわけでもない。罰せられねば幅を利かせる。そんなものだ。
数年前に社会に出た時はサービスをしていました。
サービス出勤サービス残業もそうなんですが、いわゆる業務外業務というやつも行っていました。まあどこからが業務外でどこからが業務内なのかは割と不明瞭なところが多いですね、事務作業だと。例えばごみ捨ては事務作業に含まれるのか否か、みたいな。
「ついでにやっておくよ」という言葉が自分を苦しめたりします。一度すれば次からは自分の担当です。一時的なものではありません。特に雑用は増える一方ですが減ったり手伝ってくれることはありません。「気付いた人間がやればいい」というのもマメな人はいつも気付くしズボラは気付かないので結局する人間は同じ人です。
でも考えてもみてください。わたしが例えばごみ捨てを積極的に行ったら、ゴミの回収で雇われている人はどうなるんでしょうか。そう考えるとわたしは彼らの仕事を奪っているのではないのか? というのがメリケン式の考えらしいのですが、確かにその通りです。会社が別途に業者を雇っている場合、その業者の業務内に含まれている内容をわたしが行うべきではないのです。労災とかも降りませんからね。
「これもあれもやったあげる」というのは自分の首を絞め、更には本来金で売買出来るサービスも無料で行ってしまい、品質の単価を下げるという行為に直結します。つまりゴミ回収、サービスで行うのでゼロ円、みたいなね。これはいけない。早々に辞めるべきである。あれもこれもと手を伸ばすということは業務に余裕があると見られる一方、将来を保証してくれるわけでもない会社のコスト削減に知らず知らずのうちに貢献し、更には他の人の仕事も奪うという危険性を孕んでいるので、付加価値のあるものは基本的に断るのがベターです。
レビュー感想とかもね、それ専用のコンサルタントとかそれ専用のミステリーショッパーとか居るんですから、ほんとうに正確無比な解答が欲しければそういうの雇って金払ってくださいって感じなんですよ。なので沈黙。わかっていても沈黙。金になる行為に関しては沈黙。自分の解答は金になると思っているから、自分の業務の価値を適性に判断し、サービスで割られないように立ち回ることも重要である。
(しかしこういった人間が大事にされるかと言われればそうでもない)
(なんでもするおばちゃんが一番企業は好きだね)
前々から自分の住んでいる場所の特異なマナーガン無視について書きたいとは思ってはいるのだけれど、やはりこれは特定される危険性があって、まあべつに特定されてもあれなのだが、連ねないに越したことはないと思い少々自粛。
とはいえど聡明な方ならわたしがどこに住んでいるのかなんとなく記事の中から推測するには易しいと思われます。
わたしはてっきり東京以外だったら物価は安いと思っていたんですが実は競合店やライバル店が身近にある東京のほうが値下げ合戦してることが多く、ライバル店もない張り合いのない地方店の方が物価は高く家賃も高いんですね。給料は安いです。これがもっと田舎にいけばいいのかもしれませんけれども。納豆は東京の倍くらいしますし、東京で見るおひとりさま一パックまで卵99円なんてもんはこちらにきて一度も見たことがありません。
驚いたのはマナーの悪さです。都内に行く電車に向かっていると露骨なのですが、基本的に、
……あ、明言は避けます。
まあ事故率とか犯罪率とか見れば察せられるものです。
老若男女。列を守らない、並ばない、割り込みガンガンするのには未だに驚いていますけれどね。
結構前の話なのだけれど男性同士のマウンティングを目にしたのです。
それはもうひどいありさまでした。普段から女性同士のマウンティングはいやというほど見ていたのですが、思えば高校時代からめっきり男子男子した生活は見ていませんでしたから、あんな感じで社会人はマウンティングを取り合うんですね。駆け巡る権力と立場争いよ。そこにマウンティングよ。より立場的に強く権力的に偉い人間が上に行くという、なんというかマウンティングという言葉には適していると言うか、女どもより女々しく下世話というか。
女性同士のマウンティングって深い付き合いじゃないと割とない、というか、人間関係がそもそも女性だと広く浅く、男性だと狭く深くなんでしょうかね。おばちゃんが隣の人と喋り始めちゃうみたいな? でもまあおじいちゃんでも喋り始める人がいるからこういうのも人によるんでしょうかね。
こちらが悪意を持っていなければ敵意を返さず表面上は仲良くしてくれるのが女性同士みたいな。いやでもまあ、初対面から敵意MAXなのも居るんでこれも例外かな。あ、そうです、女医のことです。やつの敵意は初っ端からだったからなあ。
バカに見られたいですね。
根は馬鹿なんで、間違ってはいないです。
馬鹿にされるのは嫌ですけど、なんというか、関係性を構築する上で悪意や敵意がないと相手に伝わりやすいのが素直なバカな気がするんですよね。
まあ実際、悪意や敵意、ないんですけどね。
人間らしくないんですよ。
「ころされるかもしれん」と相談に来た子に、
「親ときちんと話し合いましょう」と役所は言った。
もう話し合いの余地はないから第三者を頼ったのにこれだったので、わたしはきっとあのとき死んでいたとしても当然みたいなものだったのだろう。今ではよくテレビで報道されたり問題になったり周囲が気付いてあげたりとかまあなんやかんやであるけれど、くそみてえな対応で生きてるくそみてえな子もいたんで、それはわすれないでください。
そのあとほんとうに殺されかけたけれどなんとか生きているのは、やっぱりなとかそんなでもなくてただ運がよかっただけです。
家庭は不可侵領域かもしれないけれどその不可侵を自力で乗り越えて、ちゃんと助けを求めた子には助けを提供できないと、死んでからじゃ遅いよ。
死んでからタラレバ語るのはただの責任回避と自己満足だよ。
昨日も今日も明日も明後日も紙を印刷します。
大量に大量に印刷します。
それは偉い人を納得させるためだけの紙です。
会議が終わったらシュレッダー直行です。
そのために時間を使います。
そのためにインクと紙を使います。
無駄です。
データにしろ
そのくせ節約とかカラー印刷禁止とか言ってくるんですがならもうほんとデータにしようよ。パワポでプレゼンしようよ。なんでパワポで作ったプレゼン資料印刷してるんすか、そのままでいいじゃないすか!
ホチキスで止めながらべつにそんなこと考えてないですけどね。無の境地です。ぱちこんぱちこん。考えてたらキリがないです。ああいうひとたちは無駄に喋って無駄に会議して無駄に会議を伸ばすのが好きなんです趣味なんです。性能とか効率とか能率とか無駄を省くとか現場第一とかそういうのとかは無縁なんです。ただ座って椅子をあたためているのがいいんです。まあ、そういう年代なんです。そういう社会の縮図なんです。
満員電車のぎゅうぎゅう詰めに乗ってくるひとたちが嫌い。
赤ちゃん連れ、ベビーカー、車椅子。
彼らの所為で大人数が迷惑する。わたしも迷惑する。
彼らひとりが我慢をして別の時間帯に乗ればいいのに、わざわざぎゅうぎゅうに詰まっている満員電車に我が物顔で乗り込んでくる。他のひとたちは配慮しなくてはいけない。配慮であって遠慮ではない。大人数の善意によって成り立っている。ひとりのために大人数の配慮。これは不平等だ。
赤ちゃんは他人によだれをつけてギャン泣きする。
ベビーカーは言わずもがな。ていうかいつの間に人権得てんの? 片そうよ。
車椅子はさあ、乗らなきゃいけないのその電車に? 遅らせられないの?
朝のすし詰め電車はたくさんの遅延に苛まれる。急病人とか。いや急病人は降りようよ。近くの駅で降りようよ。結果として遅延とかいう迷惑かけるんなら降りようよ。
混雑が解消されることなんて夢のまた夢。あるわけない。
ちなみにこういうことを現実でチョロっと言ったりすると非難轟々だったり、或いは「乗る場所変えればよくね?」とか正論を言われたりする。迷惑なやつのために自分が去らなくてはならない。うん、不条理だな。全ての暴力行為にも言える、虐待とかいじめとか。被害者が場を去らなきゃいけない。残るのは加害者だけ。