「チミのデキのいいオツムなら一生賭けてもシェリィドラッグは理解出来ん」
ずっと捨てられなかったものを捨てました。
わたしがそれを持っていても誰かが迎えに来てくれたりボーナスをくれるイベントは起こらないからです。まあそんな現実的な話でもなく洒落てもいなくて、単純に捨ててもいいやって思えたからです。
過去にまつわるものを捨ててしまうと過去の自分が消えていく気がする。自分というものが確固として現実味を帯びていれば良いのだけれど今のわたしはわたしを認識できていない。離人症だからね、認知症もあると思うけれど。それでいて過去のものを捨ててしまえば今の現実に繋ぎ止めておけない。空虚で乖離してしまう。根付かないというのは聞こえがよく、結びつかないとかふわふわしているとか、そんな感じ。だから離人症がひどくなればひどくなるほどわたしの断捨離は進むのだった。まあ断捨離とかミニマリストとかいう言葉が出来るずっとずっと前からわたしは離人症だからね。
雑記を消してしまえばこの時間のわたしは存在しないのかもしれない。
誰かに認識されなければ、観測されなければ世界は存在しないのだ。
その説、割と好き。
携帯の個人データをすべて消しました。
数年連絡を取っていない人とまた連絡を取るわけがないんです。
わたしはわたしをずいぶんと前に捨てている。乖離という形で。
現在、新しいコメントを受け付けない設定になっています。