「チミのデキのいいオツムなら一生賭けてもシェリィドラッグは理解出来ん」
「石の上にも三年」とか「堪忍は一生の宝」とか日本の諺には忍耐に関するものがたくさんある。あと臥薪嘗胆とかかな。忍耐は美徳らしい。世間一般では、そう。
反対に逃げることというのはとてつもなく悪いことなので近年バックレは問題視されているけれど、逆にブラック企業とかバックレる環境自体が露呈してきてしまった今、石の上にも三年居るどころか三ヶ月くらいで転職が理想とされています。しかしながらこれによく「一度逃げると癖になる」といういわゆる「逃げ癖」という言葉が誕生しました。市場に出る求人が三ヶ月の短期で回している以上何が逃げ癖なのかよくわからんのですが、これに対しわたしは思うところがあるわけです。
わたしは我慢強い子でした。忍耐強い子でした。何があっても耐えました。ひどい幼少自体でしたが人格を崩壊させたり分裂させたりして耐えました。これがいわゆる「耐え癖」です。自分一人耐えていればなんとかなるという勝手な思い込みによる自己犠牲です。現在進行形なので耐えています、が正しいのかもしれません。
一度耐えると次も耐えます。もっとひどい目に遭っても、前も耐えれたのだから次も耐えられると耐えます。どんなにひどい状況に陥っても耐えます。なぜなら前は耐えられたからです。自分は前に耐えられたのだから次も耐えられないわけがないと思うのです。一時的なものではなく恒久的なものです。そしてその判断材料は自分自身です。耐えられないことなどないのです。ほんとうに、なにもないのです。これが耐え癖です。心身ぼろぼろでも耐えるんです。
耐えて環境が好転することはありません。
逃げたほうが有益です。
逃げ続けることを是とはしませんが耐え続けるよりかは健全ではないでしょうか。
耐え続けてなにか変わるのでしょうか? わたしは変わった試しがありません。
耐え続けてもわたしに耐えることを強要してくる人のプレッシャーや要求は跳ね上がるばかりです。それもまたわたしは耐えるのです。感情を殺し己を殺し、耐えて、死ぬのです。
逃げて生きるか、耐えて死ぬか。
命題みたいですね。わたしは過去のわたしに言います。「耐えるな、逃げろ」と。
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