「チミのデキのいいオツムなら一生賭けてもシェリィドラッグは理解出来ん」
2017年にシドニアで成功したので映画版になったBLAME!です。
キャストが殆どシドニア勢なんで、若手人気声優集めました状態になってます。
ただこれキャッチフレーズが「生き延びろ」っていうのと10分蔵出しPVで霧亥さんが渾身のジョーク「人間だ」のシーンがあり、公開当初見に行こうか悩むわたしの足を止めました。これバツコン当たってました。
ちなみにNetflixで見ましたよ。
3巻の電基漁師の部分をづる視点で描かれていました。作風はシドニアより。
で、肝心なことに原作で大事だった珪素生物はバッサリカットされました。
なのでセーフガードvs生き残り電基漁師という非常にシンプルな構造になり、そこをふらりと立ち寄った霧亥(とシボ)が救って去っていくみたいな話になってるんですがこれがまあ、残念。
霧亥の声が嗄れていたり、シボ=サンがパツキンだったり、シボのマッドな部分が削れてただの母親になってたり、霧亥が充電式になってたり、サナカンがめちゃくちゃ喋ってから倒す系セーフガードになってたり、主要キャラだけでも改変がかなりありました。そもそもこの東亜重工編(なのか?)はかなり長い話で、時空も超えちゃったりする話なので電基漁師の部分だけ抜き取ったらそりゃおかしくなるんですがね。サナカン登場時もそれまでのセーフガードの積み重ねがあったので絶望感マシマシだっただけに、劇場版はタエに偽装したサナカンがうわあ出てきたあーで終わりなのは悲しい。上位セーフガードという圧倒的な感じもないし。
あと統治局がイカだった。
基底現実との時間差があるからシボは死んでもだいじょーぶなシーンでも、霧亥の戦闘シーンと比較してるからテンポが悪く感じられました。全体的にテンポ悪いです。声優使うんで口で説明するんですが、設定に結構無理が生じてるんですよ。まず大前提に霧亥が喋りにくそうにしてる点ですが、霧亥は基本無口ですが割と喋るんですよ、なのに映画版では数百年ぶりに喋った設定。超構造体を超えられない理由が監視塔というのも変。超構造体超えられないのにも触れてないしね。6000階層下というのも原作読んでなければ分からないのに原作削った結果、粗と破綻が生じている。シャキサクの解釈もなあ……あれのためだけに映画館に足を運べとか当時言われてた割りに、わたしあれ好きじゃないです。というかサバイバーなのにいきなり水に入れてでっかくなったもんを口にするとか正気の沙汰じゃないぜ、「滋養強壮にいいぜ!」っておまえら毒とか考えないのかよ。
もうね考えただけでもすごく足りない。
じゃあ足りないだけで完結してるのかって言うと完結していない。
例えば最後霧亥がエレベータに乗らないシーンがある。なぜかシボは乗る。話の設定的におかしい。というかシボ乗ってどうする気なんですか。霧亥も乗らないで無言でエレベータいじるのかと思ったらわざわざ口で「ネット端末遺伝子を探している」といっておしまい。いやシボもエレベータ乗らないと思うよ。シボは情とかよりも衝動で行動する科学者基質なのだから、安全な階層に行くなんて行動はしないだろう。
そんな感じで映画見に行かなくて良かったなあと常々思ったBLAME!映画版でした。
いやわたしこんな愚痴をグチグチお金払ってまで言いたくないもん。
シドニア系統でよかったのよ。主人公人助けするタイプの作品はそっちでどうぞ。BLAME!をわざわざ担ぎ出す必要性は感じられないし、今まさに黒歴史の上塗りを見ているようで恥ずかしかった。生き残った集落をやべーやつらが襲ってきて、颯爽と現れたつえーキャラが助けてくれるみたいな印象を与えたかったんでしょうけれど、合わない、もう非常にあわない。
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