「チミのデキのいいオツムなら一生賭けてもシェリィドラッグは理解出来ん」
精神的苦痛という目に見えない現象を、肉体的苦痛という目に見える現象に変えること。
肉体への傷は大抵が治ることを踏まえ、すり替えを行う。
目に見えないものを目に見える形にすることにより問題を軽くすることが出来る。
問題そのものは全く変わっていないし好転もしないが、
明確にすることにより物事の差別化が可能になる。
以前ここ一週間に起きたことをメモにした。割と精神的にきついことが続いた。
けれど文字にして可視化し、再度見て、口に出した瞬間、それはなんでもないことになった。
きつくも苦しくもない出来事に思えた。挙句の果てにバカバカしく思えた。
(でもやはり思考の中においては、あれはかなりのアレだったと思われる)
自傷行為は物事の可視化だ。それも本人のための可視化だ。わたしのためのものだ。
横幅五センチほどのミミズ腫れになり水ぶくれが出来るほど痛めつけても肉体は治る。
治る傷は大したことがない。(個人差があります)
肉体は治る。こころは治らない。
きっとまたわたしは薬疹に襲われるだろう。
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