「チミのデキのいいオツムなら一生賭けてもシェリィドラッグは理解出来ん」
俗っぽい話になるのだけれど、少し前に魔法少女まどかマギカを見たときの巷の感想に対するわたしの感想なのだけれど、あれ結局セーラームーンを超えられなかったし、目新しいものは何一つなかったと考えていいと思う。
まどマギで一番重要、というか謳い文句は、魔法少女というピンク色あふれる世界の住人が実は絶望に染まる魔女だった、とかその落差で戦いたかったんだと思うんだけど、そもそも魔法少女がピンク色のほんわか平和なお花畑の住人だって思っているのはセーラームーンを見たことない人の感想だと思う。だからまどマギを見て、ただの魔法少女ゆるふわアニメだと思ったのに……という人はそもそもアニメをそんなに見てない人だというのが感想。
脚本が虚淵だから絶望シナリオ! とか息巻いていた人も居たけど、なんつーかね。
セーラームーンってまず全滅してるんですよ。劇場版でも全滅。アニメ版でも主人公以外全滅。いやもう死ぬ、めっさ死ぬ。でも主人公うさぎがチーターなので死んでも生き返れるんですが、そんなことはどうでもよく、仲間が死んでいくときの絶望感がほんとうにきつい。そんなことをまどマギは超えることが出来なかった。繋がりの薄い女の子だけ出してりゃそらそうさ。線つけて肉つけて、魂つけてそれで死んでるんだから視聴者は絶望するわけだ。(そしてクレームが入るわけだ)
端から恋人が居たり、子供が出てきちゃうのも今のアニメだったらやらないよね。
そもそもけいおん然り、男が出たらダメな風潮あるし。
きもちわるいと思うけどな。
まどマギは正直地震起こらなかったら然程有名にはならなかったアニメのような気がするから地震に助けられたんだろうね。
数年で忘れ去られる魔法少女アニメよりも25周年経っても未だにファンがグッズ買ってくれるアニメを比較するのは無意味で酷だとは思うのだけれど。
例年に比べて非常にアレルギー反応が出やすい
生理不順の傾向がありホルモンバランスが乱れている
ここ数日の希死念慮がトップクラス
疲れているのに不眠
確定だった仕事が不確定になった(たぶんおじゃんになる)
引っ越し計画も引越し先が直前でおしゃかになったので決まらない
相変わらずの毒親ーズ
上の階の住人は変わらず喧しい
ダメな原因はたくさんあるけれどいろいろ良くない方向に突進している
この間買った砂肝がとても美味しかった、それくらいしかない
わたしはずっとセロトニンについて疑惑を持っている。
セロトニンでぐぐれば分かるのだけれど、基本的にセロトニンを増やそうという試みは多いものの、内容はふわっとしている。第一セロトニンは何故減るのか。そしてセロトニンと精神がどんな関係があるのか。ストレスでセロトニンは本当に減るのか。ストレスとうつの本来の関係性は。増やせばどう変化するのか。増やしたところで生産量が変わらなければ意味はないのではないのか。セロトニン不足とうつにはなんの関係性があるのか。セロトニンを増やしても体は受け取るのか等等、疑問は尽きない。
「セロトニンとうつ病の関係を大きく見直すこととなる研究結果が発表される」(Gigazine)
セロトニン遺伝子・うつ病・ストレスという3つの要素の間に明確な関連性は見つけられなかったそうです。
記事の中の「セロトニン遺伝子」は「セロトニントランスポーター遺伝子」のことで、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)はセロトニントランスポーターの役割を阻害することを主な作用としている。なのでセロトニントランスポーターとうつに関係がなければ自然とSSRIは不要となる。
日本人はセロトニントランスポーター遺伝子のSS型が多いので、不安遺伝子だとかなんとか不安を煽るような文句でくそみたいなカルトみたいな研究が多いけれど、この結果としてセロトニンへの根拠のない期待感みたいなのがすげえんだと思ってる。いやなんだよ幸せホルモンって、きもちわりい。
でもどんな研究結果が出てもセロトニンとうつの関係性が見直されることってないと思うよ。というか、ないよ。だって儲かるもの。患者がいればいるほど儲かるもの。精神科ってそういうところ。無意味な処方を続けて無意味な経過観察を続けるところ。ストレスとか大きな声で言ってるのがその証拠。ストレスとか自律神経とかっていうのは、内科の風邪と同じこと。存在しない病。ストレスや自律神経失調は結果なので過程じゃない。それを原因とすることで本来の原因には触れないで済むから、根本的解決というのは研究しない。そのままのほうが儲かるから。病気を治さないでもクレームが来ないのは精神科ならではなのだ。
まあ、ほんとうのほんとうでセロトニン不足がうつ病を引き起こしてるなら脳障害だからな。
精神障害カテゴライズな時点でセロトニンには余り関係性がないんだろう。
(わたしは脳障害だと思ってるよ)(セロトニンは関係ないと思ってるよ)
H30まで確定申告のPCからの申告にはマイナンバーカードとカードリーダーが必要だった。
H31からは事前申請をすればIDとパスワードだけでPC申請が出来るらしい。
とのことが広報に書いてあったので国税庁のHPを見てきた。
ちょうぜつわかりにくかった。
もうこの時期なんだからトップページにでも載せとけよ!
結局、
今まではマイナンバーカードとカードリーダーが必要
↓
H31からは事前申請しておけばID・パスワードでOK、カードリーダー不要
↓
事前申請にマイナンバーカードとカードリーダーが必要
……はい。どうあがいてもカードリーダーが必要でした。
これ結局PCでの申請のためにカードリーダーをわざわざ買った人にクレーム入れさせないようにするためのものなのかなあとか勘ぐったりした。そもそも税務署行けば登録できるとか、毎年発行されてる確定申告番号にマイナンバー情報を紐づけするとか、そういうのじゃだめだったんですかね? いやむしろその方がよくね。毎年マイナンバー持ってってるのに番号と紐付いてないとかありえないでしょ。
ところで自立支援もマイナンバーと紐づけていて、自立支援は手帳と紐付いていて、手帳もマイナンバー書くし、なのにどうして手帳と自立支援は両立してねえのか気になる。むしろ自立支援より手帳より難しい年金を申請しているのに、その下位にあたる自立支援と手帳の申請をわざわざ毎年する意味よ。これマイナンバーで一発申請可とかだったら手間減るんですけどね。こちらの手間を増やして自らの仕事増やして肥えている人がいるんでしょう。ふーん。
わたしは今死ぬわけにはいかない。
なぜならもっとひどい時に死ななかったからだ。
もちろん今の状態がとても良好なわけではなくそれなりに酷かったりするのだけれど、やはり人生において一番ひどかった時期というものがあり、その時にわたしは死を選ばなかったので、今わたしが死んでしまうと、なぜあの時に死んでおかず今更になって死ぬのかという自己嫌悪に陥る。何度も思うのだ、あの時死んでおくべきだったと。
ただわたしはあの時、どうしようもなく生きようとして、死のうとして、結果生きてしまった。
今では生きる屍だ。
少しでも体調が上向きになると、さあ飛び降りてみようとか、さあ死んでみようとかすぐに思うけれど、思い返して苦い顔をする。それに飛び降りて死ねるとも限らない。脊髄損傷で一生寝たきりになるかも知れない。そうなれば易易とは死ねないだろう。自殺は失敗する可能性のほうが高いだろうし、何しろ死ぬのは怖い。
そういう感情ほっぽって希死念慮ってのは定期的にやってくるんで、
やっぱこれは脳の異常なんだろうなって思う。
わたし働き方改革を考えました。
会議を成功報酬制にしましょう。
実を結ばない会議やただ時間だけ過ぎ去った会議には報酬を支払いません。
椅子温め選手権を行ってるわけじゃないんです。
人とお金と時間を使っているので、成功報酬型にしましょう。
お偉方雁首揃えて会議会議の連続で、なにか決まるのかと思いきやひとつも成果を出せず、じゃあ持ち帰りで資料はポイーでまた次の会議まで無駄な資料作り。会議資料を紙からデータにすることもせず、妙案ひねりだすこともせず、ただ自分の退職まで自分の椅子をひたすら守り温め、それでお金を貰っている人は、もれなく死んでほしい。
会議大好き人間よりも現場の人のほうが分かっているから現場への現金還元の方がよっぽど効率的だ。椅子を温める人に金を渡すよりも現場で接してる人に金を流したほうがずいぶんと健康的で健全だ。効率や能率を求めながら一番の無能をコストカット対象から外しているのだ。彼らは日本経済のガンだ。彼らが居なくなれば会社は健全になるが、彼らが居なくなるまでの人員不足のつなぎとして外人が必要なのだ、無能が自分たちから席を譲らないので、席が空くまで外人を入れるのだ。なんともくそったれだ。
原因なんてわかっているがその腐った人々は絶対に席を譲らない。
無能であり続けることを選択し続けている。
そのくせ自分たちは無能だと思わず、中身の伴わない謎の自信に充ち満ちているのだ。
用があるならメールでくれろ。
直電して言ってスッキリするかもしれんけど、それはあなたの気持ちだけで、受け取ったこちらは一切スッキリしないし何言われたのか良く分からないし、言った言ってないの討論をしたくないから、文面で残してくれろ。
熟読して考慮の上判別するから、メールでくれろ。
昔はお伺い奉ることが誠意だった。
足を運び、顔を合わせ、言葉をかわす。
それに人情という言葉を着せ、飾り立てていた。
ツールが増えた今、ほんとうの意味で情を示すのならばクッションを挟むべきだ。
未だにいきなり訪問して飛び込み営業しているあほは知らん。
これが謝罪も込み込みの仕草になるなら余計に、ワンクッション置くべきだ。
わたしは直電を誠意とは思わない。メールに起こしてくれ、紙に起こしてくれ。
その上で話そう。