「チミのデキのいいオツムなら一生賭けてもシェリィドラッグは理解出来ん」
純然たる悪意の記事を書く前に相対的感性の話をする。
感性とか、まあ正義とかも同じ話なのだけれど、相対的と絶対的なものがあって、これは恐らく生きていく上でなんとなく使い分けているのだろうけれど、白日のもとに晒された時、相対的感性というものはとても弱い。逆に集団の中で生きていく上では相対的感性の方が強い。
何が絶対で何が相対なのかと言えば無論他人と比べて、なので、比べる対象のない事象では絶対的感性の方が強いというのは当たり前の話である。
ここがもし相対的であるならば自分が落ちていく際に受け入れられず脆く壊れやすいだろう。
ただ集団の中での相対的感性というものは常に周りと、特に下を見て生きているので、下ありきの世界なものだから、もし自分より下の居ないヒエラルキーに属してしまったときに悲惨だ。そのために人は無意識に自分よりカーストの低いものを作ろうとする。これは集団で生きる上で当然の行為である。ただそうなってしまえば何と比べて自分は正しいのかを正しく認識できてこない場合が多い。弱いものより強いから正しいということになってしまう。ただの畜生と変わらない。
ジェネリックってすごいんだよ!
(なにがー?)
効かないの、ぜんぜん効かない、だからすごいの!
(なにがー?)
たくさん飲めるね!!!!!!!!!!
というわけでジェネリックが違う意味で役に立つって話でした。
副作用がすごいんですが主作用はほぼほぼないのでただひたすらに飲みたいだけだったらいいんじゃないんですかね。ただ副作用で死にそうにはなるんだけれどね。そもそも薬なんて罪悪感で飲んでるようなもんだから、お手軽に罪悪感感じられて大して主作用もないんだったら飲み放題じゃないの、いや嫌味ようふふのふ。
ちゃんとした電気屋さんにいったんですよ。ちゃんとしたっていうかビックカメラなんだけどね。わたしの住んでいる場所にはちゃんとした電気屋さんがほぼほぼなくて、いやなんか県境なのにまじおかしな話ではあるのだけれど、ほんとうに数年ぶりに電気屋さん行って、わあ電気まぶちい、商品いっぱいあるー、わあ、たのちいー、みたいな気持ちになって。
超絶しにたくなって。
早く帰ってお風呂入って暖かくして薬漬けにするよね。
理由はわたしにもよくわからないしそのスイッチはいつだって不明瞭なのだけれど、わかっていることと言えばうつ病患者っていうのは大抵少し元気になると死ぬ気が出てくるんですよねってこと。死ぬ元気すらも捻出できずにベッドに突っ伏している状態がうつなので、やる気とか元気とか動く気とか出てくると一番最初にやりたいこと出来ることっていうのが死ぬことになる。だからよく快方に向かっている時が一番危ないって言うよね。希死念慮スイッチはその他でも入ったりするのだけれど。あれはうつ病に付属しやすいものだけれど必ずしも単体で存在していないわけではないからね。
今回もそうだけれど煩悩みたいな感じで分かるときもあるからああああやべえなああとか思ったらすぐに帰って風呂入って薬バリバリしてボーッとしたら寝るよ。
薬は飲んでも飲まなくても意味ないしその時点での活力を打ち消せるものでもないけれど、心持ち「飲んでしまった罪悪感」で満たされるからいいのよ。
罪悪感、大事。イエス、プラシーボ。
今日は少し疲れているので短めに。
リクナビに登録しています。それで気になる求人があったので企業にメールを送信しました。
したらなぜか書類選考に応募したことになっていて、しかも書類選考落ちしてお祈りされました。
告白してないのに振られたみたいでとてもきもちがわるいです。
あと文章はきちんと読んでほしいです。
メールの問いには答えてませんし、わたしは応募してません。
そういう企業にお勤めしたくないんでまあ良い踏み絵ですかね。
しかしリクナビの企業側メールは思うんですけれど自動返信テンプレですよね。
あれでちゃんと利用する気は起きませんわ。
「大卒を高卒と偽り勤務 38年でバレて懲戒免職 神戸市職員」(ノーリンク)
ちなみに再雇用なので退職金は受け取っている模様。
・なぜ悪いのか? 悪いことなのか?
Twitterとかコメントとか色々見ていると「別にいいじゃん」「多く貰ってたわけじゃないんだし」というコメントがちらほらあって驚きました。確かに高卒なのに大卒と偽るほうが悪く見えるのかもしれない。基本給も大卒と高卒じゃ段違いですからね。自ら低賃金で働いていた男性はよっぽどの物好きに見えたのかもしれない。
このニュースにはいくつかの分岐点を抱えています。
「そもそも神戸の公務員では当時大卒は高卒枠に応募不可」
「2006年時の学歴調査でも虚偽の報告」
(めんどうだし不確かだから何故高卒枠が存在してるかには触れませんよ)
・大卒が高卒枠の枠を奪ったことが問題
応募条件に〇〇程度とつけているところがあります。これは条件を曖昧にして人材を確保する手ですが、程度ではなく大卒以上と書かれている場合ここに高卒は確実に申し込めません。高卒以上の場合は高卒でも大卒でも申し込めます。しかしこうなると企業は必ず大卒を取ります。学歴というのは目安だからです。書類しか見ない人には学歴が非常に有効です。
高卒枠、つまり高卒限定枠に大卒が応募するっていうのはプロがアマチュア相手に無双するのと同じです。プロ対プロだと負けるのでアマチュアを相手に勝ち星をあげまくりますってそういう話です。アマチュアの中にプロが入ってきたら勝ち目ないです。こういう話をすると能力差なんておかしい、大卒より仕事出来る高卒だっているよ! とか言われるしわたしもそう思うんですが、でもそれって仕事してからの話ですよね。能力発揮出来てからの話ですよね。この人のせいで枠ひとつ奪われてるんですよ。
そもそも低学歴でも勝負できるって話を持ってきたらそらもう高卒枠の話じゃないですからね。
たぶんここらへんで論点のすり替えは起きそうです。
・これって障害者枠の話と同じじゃね
言いたくないけれど一般人が障害者枠で就職しようとした件と同じですよね。いやもうあれは縁故確定なんだけれどね、個人的には。手帳云々言い出した辺りでもう縁故なんですよ。だけれど障害者と偽って健常者が障害者枠は割とある話だと思いますよ。一般人同士で戦ったら負けるけど障害者だったら無双できる。
……あっ、発達ゥ!(いつもの流れ弾)
わたし高卒だから大卒求人には応募できないという立場だから余計悪質に見えるのかもしれませんね。働いてみれば実力差なんてまずないけれど(精神は置いといて)雇ってもらえないことには変わりないですからね。あと氷河期時代には高卒枠のほうが入社しやすかったんで大卒が高卒を偽って不正に入社する詐欺が流行りました。今回あまり否定的なコメントが見当たらないのはそういう氷河期に起こったことを既に知らない若い人がコメントすることが多くなったっていうことなんでしょうね。
平成30年4月1日より保険請求妊婦加算(初診時75点、再診時38点)が新設。
詳しくはこちら(ヨミドクター「妊婦の外来受診 なぜ負担増?」)
わたしは妊婦ではないので知らなかったのですが一部の妊婦様がTwitterで発狂して炎上。
少子化が加速する! 妊婦にやさしくすべき! とかうんたら。
妊婦加算が産婦人科以外の診療科でも加算出来るため炎上が止まらない様子。コンタクトレンズとかね。でもその診療で妊婦に必ずしも影響がないとか言い切れない気がしますよ。妊婦が診療に来た段階である程度配慮はするだろうし、その配慮に対する加算と考えれば妥当だと思うんですよ。なので一概に、妊娠してるかどうかとは関係ない診療なのだから妊婦加算は算定するべきではない、と言うべきではないとわたしは考えます。
それにですね、妊婦様は様々な助成金を貰えますので、たった十ヶ月、然れど十ヶ月のために加算したっていいと思うんですよ。保険みたいなもんです。
これ騒がしくするとね、 後発医薬品調剤体制加算みたいになりますよ。
後発薬飲んでても飲んでなくても加算されるのと同じように、妊娠してても妊娠してなくても金取られるようになるよ、妊婦様への配慮税代わりにね。だからあんまり騒がしくすべきではないのです、特に今年は薬局に厳しくなったのですからね。
「石の上にも三年」とか「堪忍は一生の宝」とか日本の諺には忍耐に関するものがたくさんある。あと臥薪嘗胆とかかな。忍耐は美徳らしい。世間一般では、そう。
反対に逃げることというのはとてつもなく悪いことなので近年バックレは問題視されているけれど、逆にブラック企業とかバックレる環境自体が露呈してきてしまった今、石の上にも三年居るどころか三ヶ月くらいで転職が理想とされています。しかしながらこれによく「一度逃げると癖になる」といういわゆる「逃げ癖」という言葉が誕生しました。市場に出る求人が三ヶ月の短期で回している以上何が逃げ癖なのかよくわからんのですが、これに対しわたしは思うところがあるわけです。
わたしは我慢強い子でした。忍耐強い子でした。何があっても耐えました。ひどい幼少自体でしたが人格を崩壊させたり分裂させたりして耐えました。これがいわゆる「耐え癖」です。自分一人耐えていればなんとかなるという勝手な思い込みによる自己犠牲です。現在進行形なので耐えています、が正しいのかもしれません。
一度耐えると次も耐えます。もっとひどい目に遭っても、前も耐えれたのだから次も耐えられると耐えます。どんなにひどい状況に陥っても耐えます。なぜなら前は耐えられたからです。自分は前に耐えられたのだから次も耐えられないわけがないと思うのです。一時的なものではなく恒久的なものです。そしてその判断材料は自分自身です。耐えられないことなどないのです。ほんとうに、なにもないのです。これが耐え癖です。心身ぼろぼろでも耐えるんです。
耐えて環境が好転することはありません。
逃げたほうが有益です。
逃げ続けることを是とはしませんが耐え続けるよりかは健全ではないでしょうか。
耐え続けてなにか変わるのでしょうか? わたしは変わった試しがありません。
耐え続けてもわたしに耐えることを強要してくる人のプレッシャーや要求は跳ね上がるばかりです。それもまたわたしは耐えるのです。感情を殺し己を殺し、耐えて、死ぬのです。
逃げて生きるか、耐えて死ぬか。
命題みたいですね。わたしは過去のわたしに言います。「耐えるな、逃げろ」と。