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SHELLY DRUG is glorious.

「チミのデキのいいオツムなら一生賭けてもシェリィドラッグは理解出来ん」

  • 2016/06/03 Friday

疲労困憊なのである

仕事をしようと探しても、オープンだと、
フルタイムは短期なら踏ん張れるけど長期はたぶん無理。
週三とか週四はフルタイムより要求スキルが高い。余計に即戦力を求められる。

かといって障害枠は基本的に精神とらない。等級言った瞬間にお祈り。

障害年金だけだと暮らしてはいけない。家賃払うからね。
医療費もバカにならない。保険料もきびしい。
治らないのに書類の更新もやってくる。三万近く吹っ飛ぶ。

わたしは無遅刻無欠勤、言われたことはそつなくこなすし、教えられたことはすぐに覚えるし、応用も効く。十教えられれば十出来るようになる。
働かなければいけないけれど、世間はわたしのような人間は雇用したくないらしい。

常に自分で自分を否定しているのに、面接で毎回社会不適合者の烙印を押され続ける。
へこむ。へこむよ、べっこりへこむよ。
これで書類選考の通過率はいいんだから余計にへこむよ。

疲れてる、やめたい、いろいろやめたい。
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  • 2016/06/03 Friday

死なねば

死ななきゃいけない
  • 2016/05/21 Saturday

ジプレキサ処方→即終了

エビリファイに代わるもんっつーことでジプレキサを処方されてたのだけれど、希死念慮があまりに強まりすぎたので処方が止まりました。
まあね、希死念慮はやわらぐと「死ぬ元気すらない」→「よっしゃ死ねる」になるからね。

わたしは死ぬしかないとか死ななきゃいけないとかそういう気持ちを希死念慮だと思っているのだけれど、これらは必ずしも鬱とはイコールじゃないと思う。発生するかしないかの問題で、そもそもうつ病になる以前から希死念慮だけは独立して存在していたようにも思えるし違うのかもしれない。そこは稚すぎて曖昧だからもうわからない。
でもわたしはその点特別な育ち方をしたので、(周りから◯歳までに死ぬと言われ続けた)わたしが使命じみた希死念慮を抱いているのは当然なのかもしれない。

わたしが恐れているのは、まんいち、万が一にも、うつが少しだけでも寛解する可能性があるとすれば、そのときわたしは使命感にかられて死ぬべきという事を実行するんじゃないのかな。
実際うつに効果的と言われるセロトニン分泌で希死念慮ひどくなるわけで。

そんなわけでまた抗鬱剤無処方になった。
薬疹の件もあるからハイ次と新しい薬を処方されるのも嫌だ。
もとより抗鬱剤は信用していないし、治るとも思ってもいない。
(信用してないから効かないのか?)(んなわけない)(そもそも鬱に抗鬱剤は効かないんだ)
顔がねえ、わからないのよ

以前に「場所がわからない」という話をしたのだけれど、そのときに解離症状を疑われたのだけれど。
今日はそれとは似て非なる話。そしてこれは医師には言ってない話。

幼い頃から人の顔が良く分からない。理由は視力が悪いからだと思っている。
わたしの視力はものすごく悪い。たぶん0.1はほぼない。昔は良かったのかも知れないけれど小学生の頃には既に悪くなっていた。近視とか乱視とかも入っているので物を良く見たことはない。でも眼鏡はしない。眼鏡は作ったが、鼻が低いので不格好という理由でしなかった。そのまま歳をとったので「よくみえるほうが気分悪い」という理由でまたもや眼鏡をしなかった。

人は長いこと目が悪い期間が続くとどうなるかというのは、補完するようになる。勝手に頭のなかで補完をするようになる。例えば赤と黄色のロゴで真ん中に大きなアルファベットらしきもようがあればマックかな?、とかそういう程度。まったく見えてはいないが、おそらくこういうマークだろうかここはこう見えるのが正しいのだろうと云う補完を頭のなかで勝手にする。
webでよく視力の悪い人のモザイク画像があるけれど、だいたいあんな感じ。

そしてそれは他人の顔にも顕著に言える。
他人の顔をわたしは認識したことがない。というより対面に立っていてもわたしは人の顔が見えないので覚えなかった。親の顔もわたしは覚えてはいない。似顔絵を描けと言われてもむりだ。「写真の似顔絵」なら描ける。写真で見た親の顔ならわたしは描ける。でも本人を目の前にすれば補完がされる。
なのでパーツを見たことはない。十年来の長い知人の顔もわたしはさっぱり見たことがない。
たぶんこんな感じの人なんだろうと、雰囲気を覚えた。詳細はわからなくとも、雰囲気でなら覚えられるので、わたしは人の顔を雰囲気で覚えるふりがついた。そして本人を前にパーツを補完する。眼や耳や口は、こんな感じだろうと。

人の些細な変化にも極めて気付きやすい。
否、見えないのだから気付かないんじゃ? と思うだろうが、そういったものは雰囲気によく現れるので、雰囲気から人の顔を読み取っているわたしには表情の変化や声色の変化、嘘や動揺などに気付きやすかった。なので悪意にもよく気付く。
「わたしは人の悪意を気付きやすいんですよ」と医師に言ったら、
「それは幻覚です」と言われた。
幻覚らしい。

最近人の顔を見ると気持ち悪い。
いや醜悪な顔を見ているわけではない。そんな失礼なことじゃない。
パーツを認識できないのだ。口とか、鼻とか。
目や口や鼻が、人間のそれとは思えず、また何を持って人間のそれなのかを認識できず、物体が、否、目が、それは目なのかと、それは口なのかと、しゃべるのかと、わからなくて、そして自分の視力が悪いせいで見えることすら出来ないので、確認すらできなくて、判断ができなくなる。

(これだけだと完全に認知症に聞こえる)

よって大変気持ち悪いので、最近では意識的に目を逸らすようにしている。
これが無意識のしぐさに為ったら、これまでわたしの唯一の美徳であった、人の目を見てしゃべる(ただし視力が悪いので見えているわけではない)という行為が消えるので、人と目を合わさないという最低の行為になるわけだ。

今見ていて気持ち悪くないのは鏡に写る自分の顔だけ。
親も気持ち悪い。(毒親であるという事は抜きにして)
医師の顔も気持ち悪い。
肉塊にしか見えんのだ。認識、判別ができんのだ。あれはほんとに顔なのか?
  • 2016/01/13 Wednesday

ススム離人感

わたしはボダという病名をつけられているが最近解離の傾向が強いと言われている。
医者もそういう方向で治療を進めるらしい。
でも「そういう」方向になってからというものわたしの調子はすこぶる悪い。

どうなのかと言うと離人感が強くなっている。
自分のことなのに他人事のように感じる。ふわふわしているのだ。
自分に迫る危機が他人事で、おそらく今わたしは事故にあっても平気なんじゃないかな(痛みとかそういう意味ではなくて)(現実感からあまりにもかけ離れているせいで、何が起こったところで自分の身に起きていることだとは到底思えないとかそういう意味で)

わたしは長いこと幻覚や幻聴に悩まされていたので、境界性の診断は曖昧だ。よく100点or0点とか、まあそういった類の人格的アレに関しては当てはまるとは思ってはいる。ただそれは生き方とか性格なので、性格によって生きづらいということは多々ある。でもたかが性格なので、思いようによっては変わったり、治ったりする。(病気だということをあえて言うのならば治るという表現が正しいように思える)おそらく8割の人が30代までに治ると境界性がよくいわれるのは、感受性が落ち着いたり、人生観を改めたり見なおしたり、そういうことが出来るのが女性の30代になると落ち着くよとか、そういうものなんだろう。病気ではなく、トゲトゲの精神を個として見つめ直せる余裕ができましたとか、そんな感じ。

とりあえず今現在のわたしはなぜいまここに居るのかがよくわからないし、
このブログは健忘を抑えるために書いているのだけれど、
どうやって20代生きていたのかほとんど覚えていない。
あいまいで、ふわふわしてて、現実感がない。なにをしていたのか分からない。
そのくせやらなければいけないことは分かる。
危機感はある。焦燥感もある。どうしようと喘ぐように悩む。
でもその危機感は稀に他人事になる。
その繰り返しがきつくてしんどくて仕方ない。

「解離性障害と関連する病気:境界性人格障害」(http://kairid.com/kanren3/
こういうの見るとどちらも当てはまる。
親は絶対的な存在だけど現実の居場所はなくて、他人への干渉が極端に虚ろになった。

いまは危機感がない。ほんとうはとてもとても焦らなくちゃいけないのだけれど、焦らなければいけないのは他人のような感じ。他人ではないことは分かっているのだけれど自分が別れているような感じ、まさしく離人感。
このブログを読みなおしていても誰か他の人が書いたものを見ているよう。まあ、ほんとうに、翌日見て、こんなこと書いたっけなあ?と思うことは非常に多いのだけれど。

あ、それと手帳申請しました。
障害者控除が使いたかっただけです。三ヶ月くらいかかるそうです。
  • 2015/10/31 Saturday

貧すれば鈍する

与えられなかった人間に、与えられていた人間が諭せることは何もない。

たとえば、結婚できないと愚痴を言えば、
「結婚なんてしたところで必ずしもいいとは限らない」と言われる。
この時に、「できない」と「しない」は決して同列ではない。
結婚という可能性を選択できる(回避もできる)時点で、観点は別物だ。

他もそう、すべてそう。
わたしはいろんなものを妬む。手に入らないから嫉妬する。
手に入れる機会のありうる人をすべて羨む。
与えられていることを羨む。
与えられていることを理解せずにいけしゃあしゃあと講釈垂れる阿呆を憎む。

選べなかった。与えられなかった。
これがいわゆる「人のせいにしている」と聞こえる人は、生涯その価値観で生きていけばいい。きっと何を言っても無駄だし理解できないだろうから。
自分がどんなに恵まれた環境下で育ったのかも理解できないような人だから、何を言っても無駄。
子が親を選べなければ、人生も勉学も倫理観も、選べないのと同等なのだから。

ついでに言えば長年うつを患っている身としては、数年うつ病になっただけで声のでかい人たちが非常に鼻につく。そういった方々はやけに元気で威勢がよくうつだと自覚があるようだが、少なくとも数年は社会生活を営んでいてそれでいてうつになったのだとすれば、まあそれなりに挽回は利くだろうし、それも所謂「選択」なわけだから。
一つの質問に対して、個人がABC複数の回答を極めて正常に言い切った時、果たしてそれは個なのかという話。
ぬりつぶした●を指差して「赤で」「青くて」「白である」と異なる意見を矛盾なく言い張れる場合、それはもはや異常なのではないのかと、それすらの思考も至らない領域で、達観して、しかたのないことなのです、と。

わたしは精神科医が嫌いだがその理由はきっと関する人なら誰しも一度は思っていることなのであえてここには書かないけれど。(たぶん昔の記事では散々書いているのだろうし)
また抗鬱剤を飲めと言われているので今日は飲みながら書きます。
飲んで書いてるから。ねえ?

抗鬱剤は短期間で効果が出るわけじゃないので、初めは効果が感じられなくても続けて飲むことが大切と言われました。知っています。何の本にもどのHPにも大概そう書いてあるから知ってます。でも大概は副作用が出ます。むかつきや吐き気頭痛便秘など服用停止すればすぐに治まる副作用もあるし、服用停止によって引き起こされる重大な副作用もある。だから薬選びは慎重に行って、効果が感じられなければ量を増やしてと長い時間費やして治療することが大事ですって。ええ、知ってる。

で?
もし、長い時間かけて、なんにも治らなかったら?

ざんねんだけど、わたしはもう精神病に為ってから二十年経ったよ。
分かるかな。20年。
十代はずっと薬漬けだったんだ。治らない治らないと泣きわめいて咽び、薬を変えながらも長いこと服用してたよ。希死念慮も暴発したけれど、腕はズタズタだけれど、毎日睡眠薬で眠って胃薬で胃をおさえて便秘薬で便をひねりだしてたよ。人間らしくないよね、なんなんだろうね、これは。なんにも自由にできなかったけどそれでもがんばったよ。現実には耐え切れなかったから、精神がおかしくなりそうな時は身体の痛みに変えたり、それでも耐えられなくなれば人格を増やしたよ。よわい人間だよ。よわすぎて、耐え切れないから、耐えられる方法を模索したよ。ここは現実じゃないと思った、これはわたしじゃないと思った、そうじゃなきゃやっていけない時がいくつもあった、今だってあるよ、たくさんあるよ。

で、言うでしょう?
「長い時間が必要なんです」って。
人生で一番うつくしい時間を奪っておいてなんだそりゃ。って思うじゃない?
きっと、大半の人は、この期間がうつくしい時期だと思うのよ。
逆に言われたらどう思う?
「あなたの十代すべて薬漬けで終わりますし、二十代になっても治りませんし、きっと三十代になっても一切良くなりませんけど、それでも抗鬱剤飲んでがんばりましょうね!!」

なににがんばるの?
なんでがんばるの?
 

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