「チミのデキのいいオツムなら一生賭けてもシェリィドラッグは理解出来ん」
シゴトカテゴリ作ったものの、雑多記事中心なのでどれをどうするか悩みますねえ。
ハローワークでの募集要項でぐぬぬとなる点。
「書類選考」←するほど大層なもんなのか
「郵送」←金かかる
「職務経歴書」←印刷に金かかるしそもそもバイトだよ?
「応募書類は廃棄」←返せ
バイトの書類選考には殆ど落ちたことがないんですが、金が無い人間がこれを繰り返しているとほんとうにつらい、ほんとうに。面接には進むので交通費が出て出費が嵩む。ならば最初の書類選考の時に落としてくれもしくは採ってくださいお願いします。
証明写真も便乗値上げしているので応募書類は返却してほしいです。責任持って廃棄している証拠もないですし、ならほんと返して欲しい。
次点で面接まで進み合否の話になった場合「採用者には連絡、不採用者には連絡なし」とか言われると報連相の意義を見失いますね。電話一本メール一回がそんなに億劫ですかさいですか。
大体郵送するにあたってかかる費用は、
履歴書一式(写真含む)+職務経歴書コピー代+封筒代+切手代。
面接に進めばこれに交通費。
で、面接行くとなればそれなりの格好お手入れするので付随費用エトセトラ。
少なく見積もって面接一回で2000円くらい飛びますよ。
ついったーにもつぶやいたんですが、ハローワーク以外の派遣求人の特徴として、
「選べる勤務地」←選べない
「選べるシゴト」←選べない
「長く働ける」←3ヶ月の事
とかね! 派遣はカラ求人多めなので登録会が現地or出向いてくれるやつしか行きません。
わたしにとっての希死念慮はやっぱりうつとはリンクしていないと思います。
していない、もなんとなく語弊があるんですよね。してなくはない。でも、してはいない。うーん……。大きく括るなら、そう。でも細かく分けると、全然ちがう。
ラミクタールは割とこの辺を明白にする薬かもしれない。簡単に耐性ついたけれど。
説明するのが難しいことは他にもたくさんあります。メンタル的なことですからね。ここらへんを一語一句丁寧に間違えず他人に説明できたら論文書いて提出すればいいんじゃないでしょうか、心理学の革命児とかいって讃えてくれそうですね。適切な言葉が見つからないんです。
結局は見つからないために適当な言葉で説明するので誤解が生まれます。
解離性なんかも良い例なのだけれど。
わたしは解離気味だけれど人格がたくさんあるけれど多重人格ではないんですよ。
人格は複数ありますけれど。いや、説明がめんどうなので、人格という言葉を用いているだけで、もっと詳しく感覚的に説明するとたぶんぜったい別物になっていくと思います。
希死も、自殺衝動とは異なる死への渇望衝動なので、希死念慮という言葉を用いているわけで、それは言葉通り死を望むとか、死にたがるとか、まあいわゆるネガティブ的な意味ではなかったりするのだけれど、やはりこれも伝わりづらいので希死念慮という既存の言葉を用いるわけで。
というか、そうね。希死は決してネガティブな意味じゃないのです。方向性は限りなくマイナスに近しいんですが。
うーん……むずかしいですね。
簡単に言うと、うつ+希死の状態でうつを抑えると希死がウオッシャアアア! とくるのでヤベエなって話です。(ろくでもねえな!)
シゴトカテゴリでも良い気がしたのだけれど雑談気味なので雑記で。
すべての生きとし生けるものは接客販売業をやったほうがいいと思います。
もう学校の単位の一つにしてもいいくらいだと思います。
理不尽アンド理不尽な世界だからです。
レジ業務、といってもレジ主体であまり業務を行うことはないのですが、業務の中でレジを扱う時に気をつけなければいけないことがあります。それは誤差と違算です。
お金の管理なので人間が扱っている以上当然ミスは出ます。なら機械化すればいーんでね? と思いがちですが、あれも結局釣り銭を渡し損ねたとかで違算は出るみたいですね。わたしは自動レジだったことがなくて常に手渡しタイプだったんですが、自分で行う違算はひじょうに少なかったです。
が! 自分のミスが如何に少なかろうが無かろうが、レジ違算の責任を負うのはレジ締めです。
遅番にはなりたかねーですよ。
うちの近くのスーパーは品出しとレジ業務が完全に分かれているらしく、レジの人が品の値段を殆ど把握していません。そういうお店もあります。多くは品出し兼レジみたいなことが多いんですけれどね。
ただレジは右から左へバーコードを読み取ればいいので楽かと思いきや、そのバーコード自体が間違っている時があるんです。例えば二割引きや半額シールがついている場合。本日の特価品。青果なんかは判断が必要なので、たまにキャベツとレタスを間違えて打っちゃう人居ますね。
ちなみにここのお店のレジ定着率は死ぬほど低いです。
そして二回に一度は必ずレジの打ち間違いが発生してます。
ただねえ、これに関してわたしが出来ることは何もないんです。経験者ならきっと分かるかと思います。ただ寛大なこころで憤らず焦らず、あの、値段が間違っていると思いますので、確認お願いします、くらいしか言えないんです。だってこの類のミスってただの連携ミスだもん。レジが悪いんじゃないもん。
ゆえにですね、わたしはここで品物を買う時はレシートガン見します。
みなさまもそうしてください。レジの人は嫌だなんて一瞬も思いませんから。
むしろ袋詰終えた後に「袋いらないです」とかいうやつのほうに殺意むくんで大丈夫です。
最近知らない人に話しかけられることが非常に多いです。
あっ、あれですよ、悪い意味じゃないです。良い意味……なのかしら?
まあなんだかその日の天候の話題とかニュースになってる事とか差し障りのないことだったり、道を聞かれたりとかそういうことなんですけれども。
少し前のわたしだったら話しかけるなという殺気を放っていましたので話しかけられなかったのでしょうけれど、最近では否応なく話しかけられ、そしてわたし自身もまんざらではないので話に乗らせていただいています。更におしゃべりをすることにより様々な情報を得られたりするのでお得です。とはいってもわたし自身他言無用な性格をしている上に基本他人はどうでもいいので、ナイショの話とかここだけの話とか聞いてもどーでもいいんですけれどね。
雰囲気とかがやわらかくなったのかなーとか、歳のせいかなー、とか色々考えるんですが。
話しかけにくい人よりは話しかけやすい人のほうがいいですね。
これでおしまい。最後は自傷の話。
自傷行為についてだけれど出来るだけ致死性の低いものの話。高いものになるとそれは自傷ではなく自殺未遂になるからね。死なないと分かっていながら行うのが自傷だと思ってる、意識的にも無意識でも。ただすこしだけ間違えて死にそうになることは、たまにだけれど、なくはなかった。
自傷行為は二つに分けられると思う。最初はプラスとマイナスという風に書こうとしたのだけれど、どちらが優れていてどちらが劣っていてとか、どちらが上向きでとかそういうのがあまりないような気がしたので、AB表記にする。
Aは構ってちゃん。いわゆるなんちゃってメンヘラタイプ。自分の痛みを他者に分かって欲しいと思う、構ってくださいちゃん。
Bは精神の痛みを肉体に変換するタイプ。身体にすると見えやすいし治るしね。
これら二つのタイプはまったくもってぜんぜん別物のくせに、大きい括りで囲えば同じ自傷行為なので、どちらに属するか、あるいはどちらに近しいタイプかでまったくぜんぜん治療法とかも別なのに同じ扱いを受けるはめになる。
(Aは放っとけばいいんでないかな)(エラーは起こりにくいタイプだからね)
変換タイプの人間は分裂を起こしてる場合が多いと思う。精神的な自分と肉体的な自分は別物として扱い、精神世界の苦しみを現実世界の痛みに変換することで目に見えやすくし測りやすくする。かといって解消にはならないしただ目測をつけたいだけなので、つらかったね、とか何か哀れみのアレな言葉をかけられるとぶん殴りたくなる。
承認欲求がないわけではないのだけれど、構ってちゃんのように自己愛が強いわけじゃない。
ともかく認知が追いつかなくてエラーとして自傷を行っている。
本来ありえないほどのものを抱え込んで追い詰められて押しつぶされているのだから、幻覚や幻聴を見たって聞いたって、自傷をしたって当たり前。死んで当然。そんな当たり前のありえない世界で、つまらない戯言をほざくのがわたしなのです。
そもそもわたしは幻覚に対して割りかし肯定的な見方をしている。
ここで用いる幻覚という症状はうつとか精神的なことからくるせん妄みたいなやつ。
脳がエラーを起こしているとして、そのひとはエラーを起こさざるを得ない環境下に置かれていたわけなのだから、対処すべきなのはエラーではなく環境下。
それでそのひとがもし、エラーを起こすことにより、何らかの保身を知らず知らずのうちに行っていた場合の話。
メンタルというものはとてもとても不可思議なものだ。
目に見えない分どのくらい傷んでいるかなど想像もつかない。限界もわからない。ある日ぷつっと許容量を超えてしまっても誰も気付かない。自分ですら気付かない。気付かないうちに対処する。分裂したり自傷したり壊れたり閉じ込めたり忘れたり。処世術なのか死生観なのか定かではないけれど。
エラーを起こして目をそらさせるのも、ひとつの処世術。
それを治すのは果たして治療なのか?
むりくり現実を見せたところで一体なんになるんだ?
結局のところわたしは正気では生きられない。そんなこったとっくにわかってる。
しにたいと言うと、死んだつもりになればなんだって出来る、という人がいる。生きるのがつらいからしにたいと言っているのに、もう一度生きるという舞台にあげるなんていうアドバイスはまったくもって的外れだ。
端から観点が違うんだ、ナンセンスなんだよ。
わたしの脳はゲロを吐く。
汚物のように、エラーのように、幻覚をまきちらす。
感覚を愚鈍にして、神経を鉛のようにして、喜怒哀楽を封じ込め、
エラーの原因など追求すらしないで、
ひたすら見ないふりをする。
それが投薬。
問題はひととして何が残っているのかだよ。