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SHELLY DRUG is glorious.

「チミのデキのいいオツムなら一生賭けてもシェリィドラッグは理解出来ん」

初めの一日二日はだいじょうぶ。

一週間経たない辺りで求人を見出して、

のちのち発狂。

 

働いている最中は叶わなかった朝買い物→昼お風呂→昼寝というコンボ。休みの日はひたすら爆睡とか月曜におびえる日々ですので、僅かですが昼寝が出来ます。寝だめは出来ませんが不眠の借金は返せるのかもしれないですね否むりかな。

 

歯医者の予約を取ろうとしたのですが一向に返事がなく、折り返しの電話かメールが来るはずだったのですが来ないので問い合わせたところ、既にメール送りましたと仰る。受信フォルダにはないので電話にて改めて予約。歯石を取りたいだけなのに少し手間取る。治療は受ける気なし。治療が必要な場合は要相談です。

 

仕事はですね、極力考えないようにはしているんですがその内おいおいですね。

まあ、稼がないと暮らしてはいけません。年金は6万円程度ですからね。

ただ今回のお仕事、かなり美味しかったのでもう今年中は流して働いていても良い感じです。まあ貯蓄ですね。そりゃお賃金は高いに越したことはないですよ、やっぱり時給あがると消費出来るお金の額も違いますからね。余裕が生まれますからね。逆も然り。ただわたしは買い物自体、お金を支払うという行為がストレスになりますけれども。

 

先日わたしのガラケーが、何の気なしにワンセグ起動したらフリーズしました。もう頭もフリーズです。七年以上愛用しているガラケーがこんなことで! なんたる! と電源押しても無理なので泣く泣く電池パック外して強制終了。いやあ、やだなあ。わたしはガラケー壊れるまで使うつもりで、その後スマホに乗り換えるかは検討中です。だってバリューパックで入っているので月々千円程度なんですよ、ガラケー。スマホにしたら間違いなく昼食スマホ勢になると思います。電車スマホ勢にはならないと思います。

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契約満了を迎えました。無事とか円満とかとは若干程遠いんですが。

ようやく終わったなあ長かったなあという感じです。

期間としては長くないんですが契約上紆余曲折ありましたし、最終日にはそれまで顔を出さなかった営業さんがわざわざ来てそして何の挨拶もなく帰るという謎プレーもありました。なにがしたかったのでしょうね、彼は。

 

吐き出したいことは色々あるのですが、ひとまずは休憩です。

六月いっぱいは歯医者と精神科と各種税金とかそれらの手配に追われます。

精神科はいつものことですね。金食い虫です。

 

歯医者はこちらに引越してきてからまともな場所を見つけていないので、かなり博打に近いです。何かあったら昔通っていたところに大枚叩いて交通費出して通おうかと思っているくらいです。歯医者は変えるのは怖いんです。

まあ初めは歯石取りたいくらいなんで治療になったら考えようかな、と。

 

今回は精神的疲労がすごいです。主に契約のお話で。

はー、振り回されたなー!

初めに言っておきたいことなのだけれど、わたしは◯◯障害という呼び名が嫌いです。

ただそういう呼び方をしたほうが分かりやすいのは理解できます。

現実は精神障害十人十色、十人いればもれなく十人ぐちゃぐちゃの症状。なのにも関わらず一括りの呼び方にしてしまったほうが分かりやすいしまとめやすい。そういう意味で障害を使うけれど、医療機関とか福祉機関が思考停止していることには変わりないのでやはり受け入れることは難しいです。

 

愛着障害、という言葉を耳にしました。

調べました。泣きました。

 

ぐぐれば出るんですが簡単にまとめると、幼児期に信頼出来る人間から充分な愛情を与えられない、もしくは信頼出来る人間がいない等極端な状況に置かれてると人間頭おかしくなるよ、その後の対人関係むちゃくちゃやぞ。て感じです。

たぶん普通の方にはピンとこないと思います。

 

いや普通なんですよね。幼児期とかそういう小さい頃に、母親に甘えたりだとか、相談するとか、泣いたらどうにかしてくれる存在があるとか、泣きつけるほど頼れる存在がいるとか、わがままを言えるとか、いじけるとか拗ねるとか怒るとか、そういうのは子供として当たり前で、それで受け止めてくれる人がいるのも当たり前で、そういう当たり前が普通を作っていて。

 

でもふつうじゃない子はやっぱり居て。

どこにいても実家に居てもずっと緊張状態が続いていて、眠る時も片時も休まる時はなくて、誰にも相談できないから一人で抱え込んで、つらくても苦しくても自分の中で消化するしかなくて、相談しても良い方向に進むことがないから相談もせず、悩みを打ち明けられたりする人も居らず、感情はひたすら殺して、無になって、それでずっと、放置される。

 

手のかからない子。そう良く言われていたのですが。

手のかからない子には手をかけない。つまりは手をかけられない。手をかける必要性がないと大人が判断してしまったから、本来手をかけるべきところにもかけなかった。すなわち手を差し伸べなかった。それが繰り返されればその子は手を伸ばすことをしなくなる。諦める。どうせその手は誰にも届かないと経験則で学んだ。だからそうなる。だから手のかからない子に拍車がかかる。

 

物心ついたころに他人に言われたことがあります。

この子は物分りが良すぎる。手がかからなさすぎる。子供らしくなさすぎる。

(今思えばその時既に発症していたのだろう)

それを賛辞だと勘違いした母親はいつも、そうでしょう、うちの子は偉いんですよ、みたいに言っていたけれど、わたしはその時のもやもやを大人になった今でも忘れることができない。子供らしくしてください、しましょうねと呪文みたいに言われたけれど、もうわたしは子供らしくするということが子供らしくないと気付いていたし、たぶん言っている側も分かっていたから双方でもやもやしていた。

 

体だけは大人になったわたしは他者と正常な人間関係を築くことができなくなっていました。

仕事をころころ変えることも関係しているのか分かりませんが、広く深く浅くどころか、知り合いの一人すら出来なくなりました。作ろうとしてもよくわかりません。メアドを交換してもこまめに連絡をしませんので数ヶ月後には消してしまいます。

他人との距離感がわからないので(個性というか人格というか個別のアイデンティティがないので)境界性の判断を受けたような気がしますが、わたしのこの生来のと呼ぶべき人付き合いの壊滅さは恐らく幼少期のそこら辺に起因しているんじゃないかと思う今日このごろで御座います。

 

さて愛着障害の治し方ですが信頼できるパートナーを見つけることらしいですね。

それが出来たら最初から障害になってねーっつーの!! ダアホ!!!

誰かとお喋りしようとした際に選ばれるべき例文のひとつとして、

「実家どこ?」があります。

 

一人暮らしの場合は、

「どこ住み?」→「家族と?」→「実家は?(生まれは?)」

ともれなく転じていきます。

聞いてどうなるわけでもなし、所謂差し障りのない会話として認識されていると思います。

たぶん年齢とか学歴とかその辺も含まれる辺りの話です。

 

一概に悪気はなく、まあわたしも使うことはありますので、声を大きくは言わないのですが、

わたしのように実家と一人暮らし先が関東圏だと疑問視されることが多いです。

なんで実家から通わないの? 的な展開ですね。めんどうです。

大して興味はない慣用句なのですから突き詰めないでほしいですね。

 

実際今わたしは実家が存在しているのかも不明です。

その場合なんて言うのが正解なんでしょう?

実家がないって言うの?

ンー、ぼかしといたほうが賢明なんでしょうねえ。

 

この間母の日だったじゃないですか。その時に派遣先の方に、「母の日どうしてるの?」みたいなことを聞かれたんですね。わたしは「特になにもしないです」って言ったら、「親不孝だなあ」と言われたんですよ。まあカチンともこなかったんですけれどね。子供不幸なんだよなあ。

世間認識では母の日に何もしない=親不孝者、らしいですね。

わたしは常々、そういったイベントではなければ何もしない人、イベントにかこつけてうやうやしくプレゼントを渡したりするのがあまり好きではありません。やるならいっそ普段からしていればいいのですよ。ありがたみはないでしょうけれど、日頃の感謝の気持ちをプレゼントに込めるならその日でなくてもいいはずです。

 

そしてまあ、されたことはないのですが、サプライズは嫌いです。

フラッシュモブなんてゾッとしますね。

事務は誰でも出来る仕事の代表格みたいなものだと思っています。

事務と言うか、雑務ですかね。お掃除したり。

 

なので極論から言えば若くてかわいい子が適しているわけです。

社員のモチベもテンションもあがりますからね。

 

それに例えば事務が経理関係に傾いたとしても同じことが言えます。専門的知識や資格を有さなくてもほぼ雇用されますしほぼ対応出来ますから、若いに越したことはなく、妙に年取った人を雇う意味もないわけです。20代と30代が居れば20代を採るし、問題物件をわざわざ雇う必要性もないのです。

 

事務と言っても幅広く、じゃあどの程度なのかと問われれば会社によって違います。

パソコン入力が出来ればOKというところもあるし、最悪パソコン出来なくてもOK。

たぶん、雑用を快く受けてくれる人、みたいな。

 

わたしは特定の資格を有しているわけでもなく、そしてこれから先も取るつもりはさらさらないので、事務系のお仕事を望むのですが、この上記の条件で言いますと若くて可愛い子にわたしは何も敵わないんですね。強いていうならパソコンと付随ソフトが殆ど扱えるくらいでして、まあExcelWordは困らない程度には使えます。この困らない程度というのは受け取り方によって違うのですが、わたしの言う困らない程度は、誰かに何かを注文されても難なく大抵こなせる程度、です。なんか、あえて、「バリバリ出来ます!」とは言わねーです。ちなみに派遣会社にはパソコン入力一本指打法なのにも関わらず「パソコン出来ます!」という方が多いそうですよ。

まあ面接時なんて言ったもん勝ちだからなあ。

 

若い子には出来ない気配りが出来るかっていうとそうでもなく。

年相応の大人な対応が出来るかっていえば、それもなく。

自己アピールなんて出来ませんよ。わたしはまずわたしを肯定してませんからね。

これからどうやって若い子に競り勝って職探しをするのか、それが問題です。いやはや、端から戦うのが間違っているのだ。争うべきではないのだ。若い子は寄り付かない場所を選ぶべきなのだ。それが賢明なのです。

(まあ、うん、そういうとこは、ブラックだよ)

人間の三大欲求は食欲・睡眠欲・性欲、とされています。

人間は脳で考える生き物ですから、欲望に忠実に動き回り本能のまま生きていくなんて酔狂なことはしませんが、食べない眠らない等は体に支障が出てきますのでその欲求に従うことが最善である、自然体である、効率的である、と考えた上で、その上で毒親さんがする他愛もない支配のお話をします。

 

毒親が行う人格破綻等の行為は、実は親→子にする分にはかなり簡単なことなんですね。

他人→他人へ行うにはそれこそ対人バリアのようなものがありますが、我が子に関してはバリアや常識を教え込む以前に人格やその他諸々を破壊し形成を阻害すればいいのですから、実はとんでもなく簡単に、それこそ赤子の人格を粘土のようにひねりつぶせるわけです。

 

三大欲求も奪えます。支配が可能です。一番簡単で確実なのは条件付けです。

 

……と、記事を書いたのですがこの後全消ししました。

いやね、奪えるのはほんとう。簡単なのもほんとう。でも奪われたら人じゃなくなるの、ヒトモドキ、奴隷、人形とか。それでどんなにがんばっても一からはやり直せない。生まれたときからはやり直せない。取り戻そうと思っても初めがわからない。初歩の初歩、それこそなにかわからない。だからやり直せない。

 

奪われたら取り戻せばいいとか、なくなったら培えばいいとか、それは土台があるから言える事。

経験則は誰かの言葉よりも何倍も価値がある。甘ったれたやつほど正論を好む。

お片付けをしながら思ったこと。

 

わたしは細々としたものはたくさん持っているのだけれど、段ボール箱に詰めてしまうととても少ない。なので引越しの荷持はとても少なくて済みました。本は割とあったかも知れないけれど、最近は読まないし読まなくても内容は覚えているので中古で買ったやつは捨ててしまっています。欲しけりゃ新品で買います。

 

大体お片付け=処分、なので少ない荷物は更に減り、今回もダンボール一つ分ほどの荷物が消えました。

べつに断捨離とかではないのですが、細々したものを見ていてふと思ったんです。

 

ああ、火事とか起きても、これがなくなっても、平気だわ、わたし。

 

かといって捨てるまでではないのですが、なくなっても大して困らないなと。

ダメージはあるかもしれないけれどストレスにはならないなと。

そう思い返して見ると、わたしの持ち物は大抵そう。なくなっても平気。思い入れがないと言われれば確かにそう。物に思い入れることができなかったと言われればそういうこと。なくなったら不便になるだろうけれど、なくなってしまってもいい。そういうものばかり。

 

辛いとか苦しいとかには大してストレスを感じないくせに、めんどうくさいということには極めて多大なストレスがかかって気持ち悪くなったりぶっ倒れたり動けなくなるのと、つながりはあると思うのです。

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