「チミのデキのいいオツムなら一生賭けてもシェリィドラッグは理解出来ん」
数年前に流行りが起きてからなんとなく目にする機会の増えたワイドパンツですが、わたしは未だに自分の好きな形のワイドパンツに出会うことが出来ず、もやもやした日々を送っていましたが、この週末で念願のワイドパンツを買うに至りました。やったぜ。
いやあね、亜種がいろいろ出てるわけですよ。ユニクロとかのワイドパンツ、いろおおんな派生が繰り広げられ、ノーマルなワイドパンツなんて手に入らないんですよ。腰にリボンが装飾されてたりぐいーんと伸びる記事だったり。その度に増える横文字、わけわかめ。ユニクロの商品名とスタバの魔法の呪文はよくにている。
ユニクロはあれですね、4月から送料を店舗受取りにすると無料にするという試みを始めたみたいですね。人件費の節約とか云々。ネットで買ったものが送料無料なのはありがたいですが、こういう場合近場に店舗がないことがままあります。更に人件費云々ならタックスなヘイブンに名前が載ってたのはどうなんでしょうかね。確か載っていた気がしますよ。知的の障害者雇用にも意欲的ですからね。え? 精神は死んだよ。
とまあそんなこともありユニクロにはめっきり足を運ばなくなったのですが今回念願のワイドパンツはユニクロ製です。
ワンシーズン履ければいい。安かろうですが、それでよかろうなのです。
一番怖いのは、大して努力もしてなくて死にそうになったことなんてない頭お花畑のやつらが人生楽して生きていてそれが当たり前だっていう現実なのだけれどね。
世の中くそまじめに生きて病むことは損なのだからパリピよろしく明日のことなど考えずにハッピーに生きてしまえばいいのですがそこは理性が許さない。将来の不安とか死への不安とか押しつぶされそうになりながら目の前真っ暗お先真っ逆さまでおくすりガリガリ生きています。
能力が高かろうとスキルが幅広かろうとコミュ力がばけものだろうとです。
しかしやはり8時間労働は多すぎます。拘束時間で言うともっとです。少なくとも休憩時間休息が適いませんので9時間は拘束されています。通勤時間も入れたいですね。わたし、通勤時間ほど無駄なものはないと思っていますからね。
最近話題のスメハラですが、わたしは煙草休憩死すべし慈悲はない精神ですが、これに足して煙草を吸ったやつは隔離すべきだと思っていますのでスメハラ云々さておき煙草吸ったらしばらくは外に出ないでほしいです。まあ欲を言えば同じ職場で働きたくないです。同じ電車もごめんです。何せ満員混雑の際に駆け込み乗車で煙草のにおいをぶおんぶおんさせているやつが最後にきたときの絶望感は言い表せません。朝からスタミナラーメン食べてるやつより罪深いです。こちらの服とか髪ににおいがうつるんです。吸ってなきゃいいだろとか思うでしょうけれど、煙草吸ってる人ってそういうのがまったくわかってない。鼻がばかなんでしょうね。息もくさいしなあ。アイコスなんか吸ってるともう言えぬほどの激臭。
話は戻りますがわたしは8時間労働、週40時間、月160時間働かなくても生きていけます。障害者なんでね、障害者なんでね! ……というのはべつにほんとでもあり嘘なんですが、まあ月々8万くらい稼げれば家賃払えるしその他諸々いけるというのは一人暮らしの時に算出出来ています。なので過酷労働に突っ込む必要はないのですが、今年だけ、一年だけの契約でふつうのひとと同じくらい働いています。きついです。休みの日に病院行かんといけんしなあ。
わたしは定時で帰ります。
残業はしません、というか残業するほど仕事を残しません。常に暇です。
なので振られた仕事はすぐにやります。増やされることはありますが基本的に時間管理は出来ていますので定時までに仕事を終わらしさっさと帰ります。
一方社員さんはヒーヒー言いながら残業します。
そもそも就業時間中煙草を吸いに行ったりおしゃべりしたり余裕綽々で過ごしています。仕事自体に余裕はないので振られた仕事の期限と納期に常に追われています。
両者を比較すると……まあ比較対象ですらないのですが、比較対象にさせていただくと。
だらだらと、長時間仕事をしている方が、えらいんです。
長時間労働は偉いんです。仕事しているふりでやったつもりになっていても長時間会社にいてお仕事パチパチしてるのが偉いんですよ。へえすっごいね! そりゃ生産性ゼロだわ!
まあ今の評価してる人とか人事とかそもそもバブル入社組なんだから見る目ないし育てる手腕もねーわと言われればそれまで。人事と広報と営業はほんとうにどこもかしこもアレ。
あとほんと、なんでもできる人になんでも頼んで、付随業務だからOKみたいなのは駆逐されてほしいですね。付随業務って殆ど善意みたいなもんですよ。人の善意に付け込んだ契約とか止めて欲しい。止めてと言っても雇用側に契約内容にケチつけらんねえしね。なら雇用しませんで切られて終わりだしな。ならこちらも働かないでいいですって切れる時は切るけれど。
ただ付随業務と称して仕事投げまくる社員さんが「契約外業務はしません」ってキッパリ言ってたのはもやもやしましたよ。
「できがいい」「仕事が速い」「気が利く」
等々、お仕事をしていてたくさんお褒めの言葉をいただき大変恐れ多いことなのですが、生憎ながらわたくしは重度の精神疾患を患っていまして、少なからず解離性も含まれておりまして、薬ガリガリおくすりおいちいな生活なわけですが、そんなわたくしめに「仕事が出来る」などと言ってしまわれるということは即ち。
皮肉ですよねえ。
アイロニーというか、冒涜と言うか、反面教師と言うか。
精神障害への理解というものは今度も生まれることはないと思います。わたしだってすべての精神障害者の代表的発言を出来るわけじゃないから自分の精神に対してしかものを言えないけれど、わたし自身いろいろなので固まった意見なんて言えやしません。
ただ確かに言えることはただひとつあるんですよ。
障害年金だけじゃ暮らしていけないんです。
だから就労不可でも働かなくちゃいけないんです。
オープンだと発達障害しか採られないんでクローズで探すしかないんです。
いびつである。
内容は似ていても密度が全く違っていて、被害も軽傷と重傷でだいぶ異なることがままある。
トラウマになるかならないかみたいなの線引みたいな。
時間が薬だったりもするのだけれどそこから一歩も動けなくて時間さえ止まっていて、身動きもできない消化もできない治療もできない、ただひたすらにボロボロの体で、なのに無情にも過ぎていく時間は特効薬にさえならず、かえって蝕む毒となる。なぜ自分は動けないのかとなぜ自分は乗り越えられないのかと無慈悲にも自分で自分を責任で閉じ込めて雁字搦めにして傷口をえぐり出す。時間が直してくれるのならば自分は治るべきだ治らないのは怠っているからだと責め、トラウマは矛先を変えてゆく。
事象は大抵残酷なので、似たり寄ったりな内容でも千差万別。
かすり傷程度で済む人も居る。
そういう人は端から怪我をしていない。そもそも時間に縋らない。身動きも出来るし怪我もしていないので治療も消化も必要ない。元気な体でほんの少しだけ傷付いてしまっただけ。ただの事故みたいなもの。不幸な、それこそ急に降ってきた雨にふられてしまったような、その程度しかダメージを受けなかった人。これは捉え方云々ではなく、事実として傷の浅かった人の話。
このような人は得てして声が大きい。さも当事者、さも重傷者のように振る舞い、本当の重傷者を貶す。無論、本当に支援が必要である重傷者ではないので重傷者を気取ることは不可能であり、結果として重傷者の存在そのものの否定となる。なぜなのか? 人間、自分がしていない体験には無頓着で否定的で、そして信じないからだ。
例として、一般的な家庭に育った人は虐待家庭という存在を信じないだろう。まあ今はネットがあるし情報は幾らでも入ってくるが、ニュースにならなければ隣の家が虐待家庭だとしても気付かないだろう。そして恐らくだが、一般的な家庭の人が抱く虐待と、本当に行われている虐待はまったく異なる。
なんかまあいつか書くかも知れないけれど……気分がいいときとかに。
虐待されてたり虐められてたりすると、当人はそれを否定したりするからね。わたしは虐められてる時に虐めを否定したことがあったよ。それは自尊心を守るためで、決して学校や親に知られたくないという理由ではないよ。なので事の全貌は公には出にくい。
自分自身を守るための嘘。殻を作って精神を守ろうとするんだよ。酷い目に遭っているのは自分じゃないと思うんだよ。そうやって自己破壊が続いていくんだよ。もうこれはわたしの悪癖だね。
この時期になると毎年言っているような気もしなくもない。
うつ状態に似ているかも知れないけれどうつ病になることはないから、おいしいものをたくさん食べてたくさん楽しいと思えることをやってあったかいお風呂に入ってぐっすり寝たら治るよ。
だから誤っても精神科外来なんかきちゃだめだよ。
この時期どえらい増えるけどね、その後も通院するような人はほんとうに一握りだし、きっとそのひとたちは騙されておくすり飲んじゃったんだね。うんそうだよ、だって五月病はうつ病じゃないから、抗うつ剤もくそも必要ないんだよ。
偶にうつでも何でもない人が外来に来て誤った診断を受けて、誤った診断だからそのうち治っちゃって、「自分うつから治りました!」とかでかい声で言い出して本なんか書いちゃうけど、うんそうだね、初めからうつでもなんでもないんだからそりゃ治るわよ。
とっとと、うつ病は夜元気で朝つらい、うつ病は太陽光浴びたら治る、運動したら治る辺りは駆逐されて欲しいね。
治らんよ。上記は全部嘘だよ。
結果の有無に関わらず長時間会議を繰り返す男性を見ています。
会議前の資料作成で毎回乱闘になります。
というかですね、データで出来てる会議資料をカラー印刷してシュレッダーするって、どの口で経費節減を言ってるんだよと思うんですよ。もしくは資料配布したものを後日データでくれとか印刷してFAXして送れたかどうかを電話やメールで確認とかもうばかかとあほかと。
会議といっても全体の決定権を持っていたり見積もりOKゴーサインを出せる人が必ずしも同席しているとは限らないので「持ち帰り後日また」みたいな感じで会議ふたたび。話し合ってるだけ意見交換しているだけでおしまい。彼らは会議が好きなので会議が増えれば増えるほどうれしい。そして会議待ちの人間は思うわけだ。
「話が決まったら呼んでくれ」とな。
必要もない定例会議に、誰も見やしない膨大な資料の作成&印刷。
生産性が低いのも効率が悪いのも頷けます。特に後者は仕事お構いなしに会議有無によってねじ込んできますからね。優先順位は常に一番上で。そんな会議やめちまえー! と、わたしに言う権利はないのですがね。